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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
歳は二十六七にもなろうか。髪はさまで櫛の歯も見えぬが、房々と大波を打ッて艶があって真黒であるから、雪にも紛う顔の色が一層引ッ立ッて見える。細面ながら力身をもち、鼻がすッきりと高く、きッと締ッた口尻の愛嬌は靨かとも見紛われる。とかく柔弱たがる金縁の眼鏡も厭味に見えず、男の眼にも男らしい男振りであるから、遊女なぞにはわけて好かれそうである。
吉里が入ッて来た時、二客ともその顔を見上げた。平田はすぐその眼を外らし、思い出したように猪口を取ッて仰ぐがごとく口へつけた、酒がありしや否やは知らぬが。
吉里の眼もまず平田に注いだが、すぐ西宮を見て懐愛しそうににッこり笑ッて、「兄さん」と、裲襠を引き摺ッたまま走り寄り、身を投げかけて男の肩を抱いた。
「ははははは。門迷いをしちゃア困るぜ。何だ、さッきから二階の櫺子から覗いたり、店の格子に蟋蟀をきめたりしていたくせに」と、西宮は吉里の顔を見て笑ッている。
吉里はわざとつんとして、「あんまり馬鹿におしなさんなよ。そりゃ昔のことですのさ」
「そう諦めててくれりゃア、私も大助かりだ。あいたたた。太股ふッつりのお身替りなざア、ちとありがた過ぎる方だぜ。