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さど

佐渡

太宰 治

「公論」1941(昭和16)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,270 字 · 23 页

青空文庫

場を取りつくろってくれたのかも知れない。そうして後で、私を馬鹿先生ではないかと疑い、灯が見えるかねと言い居ったぞ等と、私の口真似して笑い合っているのに違いないと思ったら、私は矢庭に袴を脱ぎ捨て海に投じたくなった。けれども、また、ふと、いやそんな事は無い。地図で見ても、新潟の近くには佐渡ヶ島一つしか無かった筈だ。きのうの生徒も、皆、誠実な人たちだった。これは、とにかく佐渡に違いないとも思い返してみるのだが、さて、確信は無い。汽船は、容赦なく進む。旅客は、ひっそりしている。私ひとりは、甲板で、うろうろしている。気が気でない。誰かに聞いてみようかと幾度となく思うのだが、若し之が佐渡ヶ島だった場合、佐渡行の汽船に乗り込んでいながら、「あれは何という島ですか。」という質問くらい馬鹿げたものは無い。私は、狂人と思われるかも知れない。私はその質問だけは、どうしても敢行できなかった。銀座を歩きながら、ここは大阪ですかという質問と同じくらいに奇妙であろう。私は冗談でなく懊悩と、焦躁を感じた。知りたい。この汽船の大勢の人たちの中で、私ひとりだけが知らない変な事実があるのだ。