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なにもの
何者
江戸川 乱歩
「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页
何ぜと云って、その犬の足跡は、靴足袋とは反対の方角から井戸の所へ来て、その辺を歩き廻った末、又元の方角へ帰っていたからである。
その時私はふと、外国のある犯罪実話を思い出した。古いストランド誌で読んだものだ。
野原の一軒家で人殺しが行われた。被害者は一人住いの独身者だった。犯人は外部から来たものに極っている。ところが、不思議なことに、兇行以前に降りやんだ雪の上に、人間の足跡というものが全然なかった。犯人は人殺しをやって置いて、そのまま天上したとでも考える外はないのだ。
だが人間の足跡こそなかったけれど、他の物の足跡はあった。一匹の馬がその家まで来て、又帰って行った蹄鉄の跡であった。
そこで、一時は被害者は馬に蹴殺されたのではないかと疑われたが、段々検べて行くと、結局、犯人が足跡を隠す為に、自分の靴の裏に蹄鉄を打ちつけて歩いたことが分った。という話である。
私は、この犬の足跡も、若しやそれと同じ性質のものではなかろうかと思ったのだ。
却々大きな犬らしい足跡だから、人間が四つん這いになって、犬の足を模した型で、こんな跡をつけたと考えることは不可能ではない。