轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

さくひんのけつみゃく

作品の血脈

宮本 百合子

「中央公論」1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,728 字 · 6 页

青空文庫

も「文学評論」もひっくるめて何となくわかった気がする。漱石の作品の全系列が人と一つのものとして、わかったという気持で映って来る。作品がどれ程巨大であり多量であろうとも、作者の質量そのものの中にあってわかった感じがするものである。作家の資質のよさわるさ、大きさ小ささ、それなりにその人を見ると何かわかるところがある。作品のすきさもわかった気がし、きらいがあるとすれば、それも成程と肯けるものが必ずある。そして、これは決して、文学の専門的な何かを前提とするものではなくて、作家と作品の間にある血液循環、細胞関係の必然の結果であり、人間的な総括的な直感である。この事実は日頃あらゆる人々の経験しているところであると思う。

かの子さんの小説は、かの子さんの曲線、色、厚み、音調、眼の動かしかた、身ごなしすべてをもっているのであるけれども、そこにかの子さんという人が出て来ると、一目でわかったものの代りに、何だか分るのだけれど分らない気がする。あすこだな、と内部的にぴーっと一致する点が見つからないのである。作品が人に溶けず人が作品にとけ出して来ない。かの子さんの色彩強烈な肉体のまわりに色彩強烈な作品が、空間をもって林立してでもいるような感じで、一言話せば作品の世界がじかに触れ開けて来る感じでなくて、何か苦しかったのである。