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そう

僧

小川 未明

「新小説」1910(明治43)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,206 字 · 21 页

青空文庫

昔は、武士で殿様から碌を貰っていたが、後になって公債の金で細く暮している内、狂人の父親は死に、息子は十五の時発狂して今日迄その儘となっている。何時しか公債は費い果してしまった。母親の親戚は町にあるというが、来て顧みてくれる者もなかった。気狂は、時々、檻を破って外に逃げ出した。頭髪は垢染て肌色の分らぬ程黒くなった顔に垂れ下って、肩の破れた衣物を着て、縄の帯を占めて裸跣で、口の中で何をか囁きながら、何処ともなく歩き廻り、外に遊んでいる子供を驚かした。

雪のまだ降らない、秋の末の日であった。子供等の群は、寺の墓場に近い、大きな胡桃の木の下で遊んでいた。十五六を頭に八九歳を下に鬼事をやっていると、彼方から、

「オイ、英語を知っているか、己が教えてやる。」と叫きながら、とぼとぼと来かかったものがあった。見ると、長い頭髪は肩に垂れて、手に細い杖を鳴しながら、鋭い眼を見廻して来るのは、村で知らぬ者がない狂人であった。これ迄、幾度となく刃物を持出したということ、自分の母に斬り付けようとして、母が、戸の外に逃出したことを見たり、聞いたりして知っている子供等は声を上げて我れ先にと逃げ出した。