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ひかりあういのち
光り合ういのち
倉田 百三
「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页
それでも豆の出来た足を引きずって歩くと、馬洗川の堤に出た。
「馬洗川だ。もう母校の歌をささやいてるような気がする」
なつかしさがこみ上げて私は岸伝いの道路を急いだ。が三次を三里はなれた三良坂という村まで来ると、日はとっぷりと暮れてしまって道も見えなくなった。
「もう三里だ」
と心は焦って、いやでも漕ぎ付けようとしたが、ぐったりと疲れて、どうしても足が動かなくなった。私は川堤の草の上に身を投げ出してしばらく凝っとして、動かなくなった。馬洗川の川瀬の音が高く聞えた。
しばらくして身を起した私は、もうどうしても足が動かぬので村はずれの粗末な宿にやっとたどり着いた。つまり十五里歩いたわけだ。これが私の一生涯での一日の徒歩行程のレコードである。
宿のランプの下で私は尾道の人々に手紙を書いた。
私は純情というものの生活法の上での価値を幾度でも繰り返して言って置きたい。生活の思い出をつくるものは純情だ。純情こそどんなハンブルな、平凡な生活材料でも心に沁みつき烙きつき、尊い宝とするものだ。純情なかりせば、どんな絢爛たる生活材料も追憶に残らず、糧にもならない。
市村の橋の袂で別れた前髪末吉の姿だけでも今となってはどんなに尊いものであろう。