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ひかりあういのち
光り合ういのち
倉田 百三
「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页
寧ろ私を不満にさせたものは校当局の、先生達の、――裁くものの公正への疑いであった。これは一体世界に裁きというものがあるのか、神の審判はあるのかという宗教的の恐しい問いにまで発展するものであった。
実に正しき裁きを求める心は人間性の至深の要素である。キリストも、日蓮も、天理教祖も、カントもこれを求め、そして信じずにはいられなかった。たといカントに於ては、これは「単なる理性の領域に於いての宗教」に限ろうと自ら努めはしたけれども。
仙台萩の忠臣片岡外記はこの正しき裁きをもとめて、仁木弾正と合拷問にしてくれと公儀に要求した。自分は老いぼれの身の、壮齢の仁木に勝つべくもないのに、この悲壮な訴えをせずにいられなかったのだ。
私は年少の頃からこの要請を強く持ちつつ今日に至って、なおその人間性に於ける不滅の尊さを感じる。この要請あることが人間の高貴性の証なのである。あるいは国際正義に対し、国法と文化との問題に対し、目前には支那事変に対し、この正しき裁きの要請なく発言し、行動することは私たちには出来ない事だ。
真理の護持、その傷害に対する公けの憤りもこの正しき裁きを求める心の強いだけ、熱情を帯びるのだ。