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ひかりあういのち
光り合ういのち
倉田 百三
「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页
宮本来一という子は手の中に炭火を持っていて、いきなり、私の頬にくっつけて火傷をさせた。
そうした事は幾らもあり子供の社会は無政府状態だ。家庭と社会とはハッキリ違っていた。子供たちは各々何かによって自分の地位を保とうとし、私の場合では優等生という事であった。
私は幼年のころを回顧して感じることは、小学校の先生の公平ということだ。子供たちのアナーキーに対し、一方先生の神の如き正しさが立っている。小学校の先生たちは大人の世界でどんな暗闘があったか知らないが、少なくとも子供たちに対しては正しく、公平であり、道の師範であった。私は愛慕と感謝があるだけで、不平はひとつも持っていない。子供に対する小学校の先生程神の如きものは今の社会にもめずらしいであろう。私は小学校時代の先生を誰れ彼れと思い浮かべては、追慕の情に打たれる。
羽場栄太郎という校長さんは痩躯で目の鋭い精神家であった。私の町に二十年勤続し、筋のいい漢学者であった。この先生は後見出されて広島の中学に栄転したが、その訣別の辞にも、「私は庄原を忘れるのではない、しかし人間はどこまでも向上して行かねばならぬものだから……」