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はちじゅうはちや

八十八夜

太宰 治

「新潮」1939(昭和14)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,623 字 · 28 页

青空文庫

みんな、なつかしいんだ。理由なんて、ないんだ。みんなに対して、ありがとう。いや、一瞬間だけの気持かも知れない。」きざなことばかり言ったので、笠井さんは、少してれたのである。

「そうして、すぐお忘れになるの? お茶をどうぞ。」

「僕は、いつだって、忘れたことなんかないよ。あなたには、まだわからないようだね。とにかくお湯にはいろう。お酒を、たのむぜ。」

ずいぶん意気込んでいたくせに、酒は、いくらも呑めなかった。ゆきさんも、その夜は、いそがしいらしく、お酒を持って来ても、すぐまた他へ行ってしまうし、ちがった女中も来ず、笠井さんは、ぐいぐいひとりで呑んで、三本目には、すでに程度を越えて酔ってしまって、部屋に備えつけの電話で、

「もし、もし。今夜は、おいそがしい様ですね。誰も来やしない。芸者を呼びましょう。三十歳以上の芸者を、ひとり、呼んで下さい。」

しばらく経って、また電話をかけた。

「もし、もし。芸者は、まだですか。こんな離れ座敷で、ひとりで酔ってるのは、つまりませんからね。ビイルを持って来て下さい。お酒でなく、こんどは、ビイルを呑みます。もし、もし。あなたの声は、いい声ですね。