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いちょう
公孫樹
豊島 与志雄
「改造」1925(大正14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,764 字 · 20 页
そして公孫樹は、枝をすっかり切り落され、全部藁包みにされて、庭の隅に淋しくぽつりと立っていた。植木屋も助かるかどうか分らないと云っていた。でも父は確信があるらしく、垣根の修繕の時にも、公孫樹に障らないようにと頼んでいた。
その父自身がまた、当時は誰も気付かなかったが、頭をひどく柱にぶっつけて、それから一種の神経衰弱みたいになっていた。あれほど沈着だった父が、どうして頭を打っつけたのか、皆の者は不審に思ったし、父自身でも不思議だと云っていた。がそのために頭が悪くなって、冬の間中ぶらぶらしていた。
翌年の春、或る晩僕は読書に疲れて、室の窓からぼんやり外を眺めてみた。淡い月の光が、空に浮んでる雲の肌に流れて、静かな爽かな晩だった。で一寸庭にでも出たくなって、座敷の縁側の方へやってゆくと、そこの雨戸が一枚半分ばかり開いていた。不思議に思って、そっと覗いて見ると、月の光がぼんやり落ちている庭の植込の向うの、藁包みの公孫樹の根本に、老人がしょんぼり立っている。それがよく見ると父だった。ひどく老けた姿で、背も少し前屈みになっていた。するうちに、父は着物の前をはだけた様子で、いきなり公孫樹の根本にしゃーと小便をひっかけ始めた。