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とううん

凍雲

矢田 津世子

「婦人文芸」1934(昭和9)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,121 字 · 29 页

青空文庫

仙太は、この町での飲み頭であった。酒にかけては抗うものがいない。この親爺が白面で歩いているのを、町の人たちは見かけたことがないという。

仙太のあぶらやは、もと、この町でも指折りの旧家としてきこえていたけれど、いつの頃からか左前になって、今では、昔からのだだっぴろい店構えを、後取り息子の仙一がひとりで取りしきっている。先代の遺した産を、親父の仙太がけろりと、飲み乾してしまったと町の人たちの噂である。

仙太は、ずっと鰥ぐらしを通しているが、これについて、町の人たちはいろいろに取沙汰していた。在のほうに隠し女がいるという噂も立ったが、これは、嘘らしい。

噂を立てられながらも、仙太は、町の人からは相手にされなかった。相手にしてくれるのは、酔いどれ仲間ばかりである。

綿入れの丹前をひっかけた、のっぽの仙太が、ひょろひょろした足どりで町中を歩いていると、人びとは避けるようにして、足早にすぎてしまう。こんなおりのひとびとの顔には一種よそよそしいような、蔑むような、白々しい表情が掠めすぎる。それは、ちょうど人びとが、七曲りの松の木を眺め、松の近傍で憩うている在郷者を眺める時の表情に似ている。