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わかれのじ

別れの辞

豊島 与志雄

「中央公論」1935(昭和10)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,330 字 · 37 页

青空文庫

おけいのことも、君には分ってる筈だ。」

「それでは……静葉さんはどうです。」

殆んど憎悪に近い調子だった。然し島村はびくともしなかった。

「それは僕が知ってる。君には分るまい。」

暫く黙々として歩いてから、島村は云った。

「穢い……その一言でつきる。だから僕は別れの言葉を云ってやるんだ。僕の別れの言葉は、ただ侮蔑だけだ。」

宮崎は悪寒をでも覚えるように、身を震わした。

「別れの言葉を云うだけの力を持つことだ。言葉はなんだっていい。君自身の言葉を一つ探し出せば、それでいいんだ。」

「然し、それがみな幻影だったとしたら……。あなたたちのことは僕は知らない。だが、世の中は穢いものであり、穢い中にこそ本当の人間性があるのだとしたら……どうなるんです。個人主義の理想主義は一種の眼鏡にすぎないとしたら……。」

「君の云うのはよく分る。然しそれは自分の船を焼き捨てない前のことだ。一度船を焼いてからは、個人主義だの、理想主義だの、そんなところにうろついてることは出来ない。もっと切端つまった戦だ。現実と云うものは、見て取られるものではない、戦い取るべきものだ。それが出来なかったら、死ぬより外はないだろう。