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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

叫んだ時には数間のかなたを、岡引の松吉は走っていた。

だがその行手に露地があり、そこへ駈け込んだ一刹那、またもや意外な出来事に逢った。

「無双の早業、素晴らしい手並、すっかり見ていた、立派であったぞ!」

深編笠に黒紋付、仙台平の袴を穿き、きらびやかの大小を尋常に帯び、扇を握った若侍に、こう言葉を掛けられたのである。衣裳の紋は轡である。

「え」と云った岡引の松吉は、足を止めざるを得なかった。

「お褒めのお言葉、有難いことで。……が、全体、貴郎様は?」

「拙者か」と云ったが歩き出した。

「柏屋の秘密を知って居るものだ」

「では」と云うと睨むように見た。

「宇和島様ではございませんかね?」

一種の直感で感じたのらしい。

それには返事をしなかったが、

「見受けるところ目明しだの。……柏屋から飛び出したあわただしい気振り、それもすっかり見届けた。……そこで、約束をしてもよい。お前の力になるかもしれない。この俺がな、都合次第。……今日はこれだけ。別れよう」

露地から出たが人混にまじり、間もなく姿が見えなくなった。

「おかしいなあ、何者だろう? ……宇和島という武士に相違ない。