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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

優しく涼しい眼だったろう、それが一方を見詰めている。

足許さだまらず歩いて行く。

やがて襖をスルリと開けた。

「宇和島様!」と不意に呼んだ。

「綺麗な綺麗なお武家様!」

それからまたも甲高く、

「献金いたすでございましょう! お久美様お久美様お助け下され!」

また襖をスルリと開けた。奥庭の方へ行くのでもあろう。

その時衣摺れの音がして、すぐに一方の襖が開いたが、その風俗で大概わかる、どうやら品子の乳母らしい、四十ぐらいの女が現われた。

「まあお嬢様!」と声をかけたが、やにわに品子を抱きしめると、二人ながらベタベタと崩折れた。

「乳母!」と呼んだが縋り付いた。

「お嬢様お嬢様! ……もう不可ない! ……気が狂われた! お可哀そうに!」

「乳母!」と縋ったがうっとりとなった。

「献金しておくれよ! たくさんにねえ」

「どこへ?」と乳母は眼を見張った。

「お久美様へだよ。……ねえたくさんに。……」

すると乳母のお繁の顔へ、凄い微笑があらわれたが、

「はいはいよろしゅうございますとも」

だがその時ソロソロと、一方の襖があけられて、一人の男の顔が出た。薄痘痕のある顔である。気付いてお繁が顔を向けると、すぐに襖は閉ざされた。