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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

「よし」と云うと岡引の松吉は、亀島橋をトッ走った。

中与力町が眼の前にあって、組屋敷が厳しく並んでいる。

「しめたしめた」とそっちへ走った。

組屋敷の一画へ出られたら、松吉は安全に保護されるだろう。

だが運悪く出られなかった。ぶちこわしの一団が大濤のように、その方角から蜒って来て、すぐに松吉を溺らせて、東北へ東北へと走ったからである。

掻き分けて出ようと焦ったが、人の渦から出られそうもない。

で、東北へ東北へと走る。

日本橋の区域も霊岸島と負けずに、修羅の巷を現わしていた。

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しかしさすがに蔵前へ迄は、ぶちこわしの手が届かないと見え、寧ろひっそりと寂れていた。

と云うのはぶちこわしの噂を聞き込み、ここらに住んでいる大商人達が、店々の戸を厳重にとざし、静まり返っているからである。

ふと現われた人影がある。

「とうとう大事になってしまった」

他でもない宇和島鉄之進であった。

「江戸中騒乱の巣となろう。死人も怪我人も出来るだろう。霊岸島の方は火の海だ。八百八町へ飛火がしよう。と、日本中へ押し広がる。京都、大阪、名古屋などへも、火の手が上るに相違ない。幕府の有司のやり方が、不親切だからこんなことになる。