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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

怯えさせるのはよくないからなあ」

そこでクルリと方向を変え、元来た方へ引っ返そうとしたが、

「待てよ」と呟くと足を止めた。

「今日長吉という若い手代が気になることを云ったっけ、『……裏木戸から出たのでもございましょうか、錠がこわれて居りました』と……その裏木戸を見てやろう」

勿論単なる好奇心からではあったが、加賀屋の大伽藍の壁に添い、宇和島鉄之進は裏へ廻った。

裏木戸の前まで来た時である、木戸の内側から女の声が、物狂わしそうに聞こえてきた。

「出しておくれよ、出しておくれよ!」

「戸外は物騒でございます、今夜だけは止めなさりませ」

「出しておくれよ。出しておくれよ!」

「明日の昼にでも参りましょう。さあさあ、お嬢様、お休みなさりませ」

「ねえ乳母、献金しておくれよ。……お久美様へねえ。どっさりお金を」

「はいはい献金致しますとも。……今夜はお休みなさりませ」

「眼の前にお父様がお在でなさる。……ああそうしてお兄様も。血だらけになってお在でなさる。……でもお二人とも呼吸はある。……助けてお上げよ! 助けてお上げよ!」

「ね、お嬢様、お休みなさりませ。……どなたか参るといけません。