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ちよじのおどろき

千代次の驚き

豊島 与志雄

「文学界」1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,413 字 · 19 页

青空文庫

それに、村尾さんばかり頼りにしていたのでは、お金の上のことで、村尾さんが今にきっとお困りになる、只今でもどんな無理をなすってるか分らないと、そうした心配もあって、村尾さんばかりを大事にするわけにもいきませんでした。

それでもやはり、あたしの心ではなく、あたし全体が、村尾さんの方へよりかかっていってるようでした。殊に、誰からかつけねらわれてることに気がついてからは、なおそうでした。つけねらわれるといっても、ぼんやりしたことで、何にもはっきりしたものはつきとめられませんでした。初めは、夜遅くお座敷からの帰りなどに、その辺の電信柱の影や、看板の向うや、町の曲り角に、誰かがつっ立って、あたしの方をじっと見てるようなけはいだけでした。いつそんなことが気になりだしたか、自分でもよくは覚えてはいませんし、またあたしは、近眼に乱視なので、遠くがよくみえませんけれど、たしかに、物影からあたしの方をじっと見てる人があるんです。おやと思って立止ると、もうその人の姿はありません。それにあたしは、そんな時はたいてい酔ってたものですから、何かの気のせいだろうぐらいに思っていました。