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ちはやかんのめいろ

千早館の迷路

海野 十三

「ロック 増刊 探偵小説傑作選」1947(昭和22)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,829 字 · 50 页

青空文庫

憂いの眉を持ったこの乙女の、声は清らかに、鈴を振るようであった。

帆村は肯いて、封筒を受取ると、中からしずかに用箋を引張りだして、彼の事務机の上に延べた。高価な無罫白地の用箋の上に、似つかわしからぬ乱暴な鉛筆の走り書で認めてある短い文面……。

――月姫のごとく気高き君の胸に、世の邪悪を知らせたくはないが、これも運命、やむを得ない。あと一週間して、もしか僕が貴女の前に現れなかったら、僕のことは永劫に忘れて呉れ給え。決して僕の跡を追うなかれ。四方木田鶴子を信ずるなかれ、近づくなかれ。さらば……。

三月二十五日。田川勇より。

春部カズ子さま。

「なるほどねえ……」

と帆村は沈思し、春部カズ子も黙したままにて帆村の面に動く一筋の色も見のがすまいとこちらを凝視し、しばし時刻はうつろのままに過ぐる。耳にたつは、煙突の中、がらがらと鳴り始めた焔の流れのみ。

ややあって帆村は顔をあげ、麗しき客の面を見た。二人の視線はぶつかった。しかしいずれの視線も氷のように凍りついていた。普通の場合だったら、どちらもぱっと頬を染めたであろうに。

「今日は三月二十七日ですね」

「はあ」