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まんじ

卍

谷崎 潤一郎

「改造」改造社、1928(昭和3)年3月~1929(昭和4)年4月、6月~10月、12月~1930(昭和5)年1月、4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,618 字 · 258 页

青空文庫

「ええか、わるいか、もうそんなことあてに分らん。」「そんなら一緒に大阪い行けへん? 明日姉ちゃんのええ頃に電話かけるわ。」「あての方からも電話かけるわ。」そないいうてる間に直ッきに夕方になってしもたのんで、「今日はもう帰るわなあ、ハズさんが戻って来やはるさかい、……」と、身支度しょうとしなさるのんを、「もうちょっと、もうちょっと」いうて何遍も引き留めましてんけど、「まあ、やんちゃッ児やなあ、そんな分らんこというたらいかん、明日きっと知らしたげるさかい大人しいして待ってなはれや」と、今ではあべこべに私の方がたしなめられて、五時頃に帰って行きゃはりましてん。

夫はその時分大概帰りが六時頃でしたけど、その日イはいくらか心配して早帰るか知らん思てましたのんに、やっぱりこないだじゅうからの事件が引き続いてると見えて、そいから一時間ぐらい立ってもまだ帰ってけえしません。私はそのあいだに部屋片附けたり、寝台綺麗に直したりして、床の上に落ってた光子さんの足袋拾て、――帰りしなに光子さんは私の足袋穿いて行きなさったのんです。――そのしみの痕視つめながら、まだ何や知らん夢みてるみたいにぼんやりしてましてん。