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まんじ

卍

谷崎 潤一郎

「改造」改造社、1928(昭和3)年3月~1929(昭和4)年4月、6月~10月、12月~1930(昭和5)年1月、4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,618 字 · 258 页

青空文庫

その十五

その十五

その晩わたしは夜の明けるのん待ちどしいて、八時に夫が出かけてしもたら、飛び着くように電話口い走って行きましてん。「姉ちゃん、えらい早いなあ、もう起きたん?」と、受話器通して聞えて来るのんが、昨日も聞いた声ですねんけど、眼エの前で聞くのんとは違たなつかしさにわくわくしながら、「光ちゃんまだ寝てなはったんか?」「あて今電話で起されてんわ。」「あてもういつでも出られるわ、あんたも直き出てくれへんか?」「そんなんやったら慌てて拵えするよって、九時半に梅田の阪急い来てくれへんか?」「九時半に、きっとやなあ?」「きっとやとも」「今日は光ちゃん一日暇やねんわなあ? 帰り遅なってもかめへんやろ?」「かめへんとも。」「あてもそのつもりで行くさかい」いうて、ちょっきり約束の時間に行ってましたら、なかなか来なされしませんのんで、またいつもみたいに窶してなさるのんか思たり、欺されたのん違うか思たり、自動電話かけてみよとして、その間に行んでしまいなさったら難儀や思て止めてしもたり、ひとりでジリジリしてますと、やっと十時過ぎに、「姉ちゃん大分待ったん?」いうて、改札口から息せき切って走って来なさいましてん。