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まんじ

卍

谷崎 潤一郎

「改造」改造社、1928(昭和3)年3月~1929(昭和4)年4月、6月~10月、12月~1930(昭和5)年1月、4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,618 字 · 258 页

青空文庫

と、光子さんは慌てて着物着ながら、――もう夕方の五時時分でしたが、その時まで二、三時間もシーツ一つでいなさったのんです。――「うち会わんと帰ったら悪いかしらん?」「あんたに会いたいいうてたけど、……今じっき帰って来るよって待ってたらどう?」わたしはそういうて引き留めはしましたもんの、その実夫が戻らん先に早う出て行ってくれはったらええ思いました。そうというのんが、今日の一日を完全に幸福な一日として終らしたい、折角のうつくしい日の思い出を、第三者のために不純にさしてしまいたくないと願うたのんです。そんな気持があったもんですから、夫が帰って来ました時には、自然とその不満の色顔い出まして、妙にふさぎ込んでしまいました。光子さんも、わたしがそういう風でしたし、初対面でもありますし、それにいくらか気イとがめてもいなさったのんでしょう、あんまり物数いわれませんのんで、三人ながら手持無沙汰で、めいめい何や別な事考えてる、というたようなあんばいでした。そうなるとわたしは、いよいよ邪魔しられたのんが腹立たしいて、夫憎うさい感じました。「二人で何して遊んでてん?」と、夫は光子さんの手前、ぼつぼつそんなこと話しかけました。