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なんろ
南路
宮本 百合子
「太陽」1922(大正11)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页
どこまで行っても、どこを見ても、地面の見えない頼りなさに、感情を動かされたのは、自分等ばかりではなかった。
始めは、黙って眼を瞠っていた乗客が、誰云うとなくその広さや、列車の速力やについて、口をきき始めた。
「何という広いことだろう!」
「全くですね、然し、景色としては独特じゃあ、ありませんか」
「さあね、日本にも、こんな妙な処がありますか?」
皆の心には、一様に、このぶよぶよの、震える沼の中では、鋼鉄作りの汽車が、余り重すぎはしないのか、という、ぼんやりした危惧の蠢(うご)めいているのを感じ、自分は非常に興味深く思った。
平地や田野を駛っているとき、幾百人いるか、悉くの乗客は、一切を機関車に委せている。安心して、列車の動いていること、線路を間違えずに目的地に向って進んでいることを信じ切って抛って置く。けれども、それが、一旦、こんな場所や恐ろしい山の絶壁にでも差しかかろうものなら、眠っていた人々の意識は急に溌剌となる。無数の心が後から後から各自の体をぬけ出して、列車の前後左右を守り包むように感ぜられる。
水の上では、出来るだけ幅広く、短く、さっと渡り切ってしまうことを希い、断崖の上では、一斉に、坐席(シーツ)の上で身動きすることさえも憚って、出来るだけ、細長く、しなやかに、すらりと危い角を辷りたく思う。