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なんろ

南路

宮本 百合子

「太陽」1922(大正11)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页

青空文庫

うす灰の空色がかった制服を着たポーターが、赤い帽子の頭を傾けて、旅行鞄を下げて来る。

待合室で区切られ、また改札口で区切られて、ここではまるで停車場らしいどよめきの来ない乗車口に立って、自分はぼんやりと四周を見廻した。

「自分は今、一年以上も棲み馴れた紐育を去ろうとしている。紐育ばかりではない。幾日かの後には、北亜米利加(アメリカ)を去ろうとしているのだ。――」

が、人々の顔を眺めながら、私の頭に浮んだこの考えは、一向我ことらしい感興をもって来なかった。この静けさ、この旅の仲間でそんなことは、ちっとも驚くべき大事らしく感じられない。

地下の歩廊(プラットフォーム)へ通う鉄柵の際で、腕組をしながら時刻の来るのを待っている改札掛の赧ら顔は、これより平気であり得ようか。

手荷物を足許に置き、不規則な縦列に連った旅客の眼に、これ以上の何でもなさを注ぎ込むことが出来ようか。

到着のとき、停車場では、機関車から小さい手押車まで、あらゆる声と響とを振撒いて、階調のある活動をする。けれども、出て行くときは、何時に限らず、気抜けのするほど、実際的に落付いている。たとい、親の死目に逢おうためでも、愛人と待ち焦れた婚宴を挙げようためでも一切構わない。