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なんろ
南路
宮本 百合子
「太陽」1922(大正11)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页
自分は、構わず工夫の働いているデックの下を見つづけた。と、急に彼は振返り、私の腕に触って、
「中へ入ろう」と促した。
「何故?」私は、良人の顔を見あげた。
「寒くはなくってよ、ちっとも」
「そうじゃあない。入りましょう、早く!」
言葉が英語だったのと、彼の表情が余り気色ばんでいたのとで、囲りの二三の顔が、怪訝(けげん)そうに我々を見較べる。
自分は黙って、彼の先に立ちデックと室内とを区切る戸と硝子扉とを押して内部に入った。
「どうなさったの?」
「今の男がね、変なことを云ったから、気持が悪くなったのさ」
「まあ、何て?」
どこからも視線の届かない奥の腕椅子にかけてから、良人は、始めて理由を話した。
先刻の男は、彼に金をくれと云ったのだそうだ。
それを断ると、暫く黙っていてから、
「どこから来なすったかね」
と訊く。何心なく紐育からだと云うと、今度は、この汽車でどこまで行くのか、あの女の人も一緒かと、拇指と横眼で、私の方を指したのだそうだ。
彼は、急に気味が悪くなった。そこへ「お体を大切になさい。御婦人づれじゃあ注意がいります」とか何とか云われ、揚句に、また、ぶらりと出て来た風体の悪い男と、頻りに此方を見い見い囁き合っているので、彼はがまんがならず、私を急(せ)き立てて内へ入ったというのである。