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いんしょう

印象

小酒井 不木

「新青年」博文館、1926(大正15)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,142 字 · 17 页

青空文庫

然し脈搏は非常に悪く、果して無事にお産が出来るかどうかが気づかわれました。が、陣痛はだんだん頻繁になり、分娩は近づきました。そうして患者は額に冷汗の玉をならべました。さすがに夫人は、今日はあまり口をきこうともせず、歯を喰いしばって苦しさをこらえながら、而も、どことなく、落ついた表情をして居りました。

いよいよ分娩が始まりました。やがて、銀盤を竹の箆で摩擦する音のような、いわゆる呱々の声がきこえました。私は思わず、赤ん坊を見つめました。然し、生れた子には夫人の予期したような異常現象は認められませんでした。即ち赤ん坊は皮膚の色にも顔の形にも変ったところはなく、九ヶ月とはいいながら、比較的よく発育して居て、顔をしかめてなき乍ら活溌に手足を動かしました。

と、その時、「うーん」とかすかに唸る声が聞えましたので、はっとして夫人を見ますと、眼球が不規則に動いて、唇が顫えました。私はびっくりして、とりあえず注射を試みましたが、夫人の息は間もなく絶えてしまいました。

私は夫人の死を悲しむよりも、むしろ、心の軽くなるのを覚えました。夫人が若し、生れた女の子を見て、予期した異常を認め得なかったならば、どれほど失望したであろうかと思うと、赤ん坊を見ない先に死んだことは、せめてもの心遣りでありました。