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はんこう
反抗
豊島 与志雄
「国民新聞」1921(大正10)年8月4日~11月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 140,121 字 · 282 页
それらを一目見やって、彼は足早に通りすぎた。胸が怪しく震えていた。何のために蓬莱亭の前までやって来たのか、自分でも分らなかった。
然し間もなく、知らず識らず胸に企んでいたことが、はっきり頭に上ってきた。彼は竹内を殴りつけるつもりだった。
噂は竹内から出たことに違いなかった。お清とのことや其他のことを考え合わせると、その推定は殆んど確実とも云ってよかった。そしてもはや、竹内を殴りつけることより外には、他に途がないように感じられた。噂が親友たる村田の耳にまで達してる以上は、お清へは勿論、横田や保子へも伝わってるかも知れなかった。今伝わっていなくても、やがて伝わるに違いなかった。そしてそれは、彼にとっては致命的なことだった。凡てを汚辱することだった。これまでの内心の苦闘を無にしてしまうことだった。而もその噂は、お清との単なるいきさつの腹愈せとして、竹内が勝手に捏造し流布したものだとすれば、殴りつけてもまだ足りなかった。
彼はまた足を返して、蓬莱亭の前へ忍び寄った。閉め切られてる扉から耳を澄すと、中はしいんとして、何の物音も話声も聞えなかった。然し火りが洩れてる所をみると、或はまだ竹内が居るかも知れなかった。