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ふるいど

古井戸

豊島 与志雄

「中央公論」1925(大正14)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,433 字 · 43 页

青空文庫

ところが、雨のしとしと降る或る夕方、光子は彼を階下の縁側でふいにつかまえた。

「あたし恐いわ。」

「え、何が。」

「あすこが開いてるから。」

彼女の指さす方を見ると縁側の、欄間の板に二三寸隙間が出来ていた。

「寝てると、夜中にあすこから、外が見えるの。」

彼は初めてそれと悟って、房子から木片を探し出して貰って、欄間の隙間を塞いでやった。

「これでいいでしょう。」

「ええ。」

首肯いた光子を、彼は二階に連れて行って、ゆっくりいろんなことを尋ね初めた。光子はぽつりぽつり話してきかした。やはり、夜中に変な夢をみるのだそうだった。

「何だか、井戸の辺から、真黒なものがやって来るようなの。」

夢というのはそれきりらしかったが、その夢をみると、いつまでも眠れないそうだった。

「なぜお母さんにそう云わないんですか。」

「だって……。」

「そんな時には、お母さんを起すんですよ。」

「だって……叱られるんですもの。」

「叱られたことがあるんですか。」

「ええ、お父さんに。」

「どうして……。」

「あたし夢をみて、それから眠られなくなって、布団の上に坐ってると、お父さんがふいに起き上って、恐い目で睥みなすったの。