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ふるいど

古井戸

豊島 与志雄

「中央公論」1925(大正14)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,433 字 · 43 页

青空文庫

「いいわ、そんならあたし、本当に井戸に飛びこんじまうから。」

「そして二階の三畳に隠れるんでしょう。」

「ええ、そうよ。」

急に真剣な語気になって、彼女は眼をぎらぎら光らしてきた。

「どうしたんです。」

彼女は黙っていた。

「怒ったんですか。」

「もういいわ、あたし、本当に飛び込んじまうから。」

眉根をぴりぴり動かしてるその様子を、彼は胸にぎくりと受けた。危いというよりも、何だかえたいの知れないものが彼女のうちに渦巻いてるようだった。彼女は一心に思いつめたように黙っていた。

「あのね、いろいろ考えたけれど、どうしてもここの家にいては悪いような気がするんです。そんなこと、今に分るようになります。ねえ、越したって時々遊びに来るから、いいでしょう。」

「いやよ。」

きっぱり云ってのけて、彼女はまた黙りこんでしまった。

「じゃあ、どうすればいいんです。」

「家にいるの、いつまでもいるのよ。」

彼は吐息をついた。どうにも仕方がなかった。と暫くして、光子はふいに泣声になった。

「いやよ、どうしたっていや。ねえ、あたし、悪いことがあったら謝るわ。御免なさい。もう井戸に飛び込むなんて云わないわ。