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こぼく

古木

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,648 字 · 24 页

青空文庫

冷たい汗の感じがしました。

やがて、室に戻って来た看護婦は、巳之助の瞼にたまってる涙を認めました。彼女はそれに気付かぬ風を装って、顔をそむけ、眉根を寄せました。

椎の木の伐採は、簡単に行われました。枝葉を茂らしてる生木でしたならば、いろいろ壮観なこともありましたでしょうけれど、もう大半枯れてる裸木なので、異常なことはなにもありませんでした。

初めに、上枝が切りおろされ、次で、下枝まですっかり切りおろされました。一本の巨大な幹だけが残りました。それが、上方から順次に、三段に伐り倒されました。眼通り四抱えほどの大木のこととて、足場を組んで鋸で挽くのが主な仕事でした。切られた幹は轆轤で吊して、たやすく地面に転がされました。

柴田巳之助は病床に寝たまま、椎の木の方を眺めてばかりいました。椎の木が一本の巨大な棒となり、それが三分の一ほど低くなる頃には、巳之助ももう眺めるのに倦きたようでした。あまりに単純に事が運んでいたからでありましょうか。彼はただ鋸のかすかな音や人声に耳をすますきりで、それにもやがて無関心らしくなりました。眼がある以上はそれをどうにかしなければならないという風に、ぼんやり宙を見やったり、瞼をつぶったりしていました。