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こぼく

古木

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,648 字 · 24 页

青空文庫

時折、坐ってみたり縁側に出てみたりする時、庭の植込み、藤棚や、梅や、椿や、百日紅や、八手などに、眼をやることもありましたが、それもへんに無関心で、やがてまた椎の木を見上げるのでした。

彼はもう発熱を殆んど意識しませんでした。ただ、頭部と足先との重さ、手の不随意な震え、突発的な動悸、なにかの呼吸障害、そんなもの全体から来る重圧のなかに、じっと眼をつぶってるような時間が多くなりました。そして眼を開くと、枯死しかかってる椎の木を見ました。

或る時、彼は側の者に言いました。

「あの椎の木は、もうだめだな。」

然し、側の者がそれについて何かと言うのを、彼はもう耳に入れませんでした。だめだというのは、椎の木のことか彼自身のことか区別し難い、昏迷した眼差しでありました。

――あの木を伐り倒してしまったら……。

ふとしたその思いが、次第に彼の心に根を張ってゆきました。

巳之助の幼時、この椎の大木の下蔭は、なにか怪異な世界に思われました。大きな山蟻が、駆けだしたり立ち止ったりしていました。雨のあとには、大きな蝸牛が匐いまわっていました。時には、黒光りのする兜虫がいました。