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ねむのきのかげ

合歓木の蔭

山本 周五郎

「新読物」交友社 、1948(昭和23)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,740 字 · 27 页

青空文庫

四

「人が来ます」奈尾はこうさえぎった、「兄かもしれませんわ、おいでになってください」

話しごえと足音がこっちへ来る。垣根の外から男がささやいた。

「あすの晩もういちど、どうかもういちどだけ」

忍び足に去ってゆくのを聞きながら、奈尾は合歓木の幹に背をもたせ、放恣な姿勢でじっと眼をつむった。――話しごえはもうそこへ来た、兄のほかに池田伊兵衛と藤巻三之助が一緒らしい、そのあとからばあやが下女たちになにか運ばせて来る。「この辺がいい」兄が芝生の端まで来て立ちどまった、「毛氈をこっちへもらおう、それはそこへ置いといていいよばあや、いやもう少しこっちだ」酒宴のしたくである、合歓木の花を眺めながら、庭で夜宴を催すのは毎年の例であった。

「岩田はまだ来ないね」池田伊兵衛のこう云うのが聞こえた、「おれより先に来ているはずなんだがね、――いい月だ、燭台はいらないぜ」

四

彼らが席を設けているうちに、植込みの蔭を伝って、奈尾は家のほうへまわっていった。すると前庭のところで岩田半三郎に会った。彼は急いで来たとみえ、珍しく息をせいていたが、奈尾を見ると立ちどまって声をかけた。

「ああ、あなたもいらっしゃるんですか、今夜は」