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ねむのきのかげ
合歓木の蔭
山本 周五郎
「新読物」交友社 、1948(昭和23)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,740 字 · 27 页
奈尾の眼はうっとりと夜空を見ていた。耳のすぐ側であの声がささやいていた。――あすの晩もういちど、どうかもういちどだけ。
六月十八日に奈尾は岩田へ輿入れをした。椙原は八百五十石の年寄肝入役であり、岩田は七百石の納戸奉行である、婚礼の式には藩主からとくに使者を賜わり、祝宴は三夜にわたって催された。岩田家にも主婦がいなかったので、ばあやが小間使をつれてゆき、岩田椙原両家の親族の婦人たちと謀ってすべての世話をした。――奈尾はその時間を夢の中にいるような気持で過ごした。土地の習慣で、祝宴のあと二日は、新嫁が主になって親族知己の婦人たちを招待する、この日は客たちの望みによって、新嫁はたしなみだけの芸事を披露しなければならない、音曲とか舞とか、茶、華、香、ときには歌、俳諧なども所望されることがある、奈尾も琴だけは弾いたが、あとはなにを望まれても「ふたしなみでございます」と云って辞退しとおした。ばあやがとりつくろって、座の白けることだけは救われたが、客たちの不満は明らかであった。叔母のまさ女は幾たびも蔭へ呼んでは怒った。
「それは高慢というものよ奈尾さん、そんなことではすみませんよ、来てくだすった方たちみんなを敵にしてしまうつもりですか」