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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
風は次第に勢いを強め、帆の鳴る音も凄くなった。
風雨を貫く謡の声
「オーイ甚内!」と呼ぶ声がした。「しけが来るぞヨー、帆を下ろせヨー」
「オーイ」と甚内はすぐ応じた。それから銀之丞へ会釈したが、「しけが来るようでございます。ちょっとご免を被ります」
いい捨てクルリと身を翻えすと、兄の死を痛み悲しんでいた、もう今までの甚内ではない。熟練をした勇敢な、風浪と戦うかこであった。
帆綱を握るとグイと引いた。ギーギーという音がして、左右に帆柱が揺いたかと思うと、張り切った帆が弛んで来た。
「ヨイショヨイショ、ヨイショヨイショ!」
掛け声と共に手繰り下ろした。
星が消えたと見る間もなく、ザーッと雨が落として来た。篠突くような暴雨であった。雨脚が乱れて濛気となり、その濛気が船を包み、一寸先も見えなくなった。轟々という凄じい音は、巻立ち狂う波の音で、キキー、キキーと物悲しい、咽ぶような物の音は、船の軋む音であった。空を仰げば黒雲湧き立ち、電光さえも加わった。凄じい暴風雨となったのであった。
「ヨイショヨイショ! ヨイショヨイショ!」
その荒涼たる光景の中から、十数人のかこの声ばかりが、雄々しく勇ましく響いて来た。