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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
乗客は悉く胴の間に隠れ、不安に胸を躍らしていた。ただ一人銀之丞ばかりが、船のへさきに突っ立っていた。
「ああいいな。勇ましいな」彼は呟いたものである。「自然の威力に比べては、何んて人間はちっぽけなんだろう? だがいやいやそうでもないな、かこはどうだ! あの姿は!」
銀之丞は武者揮いをした。
「自然の威力を突き破ろうと、ぶつかって行くあの力! 恐ろしい運命にヒタと見入り、刃向かって行くあの態度! これが本当の人間だな! ふさぎの虫も糸瓜もない! あるものは力ばかりだ! いいな、実にいい、生き甲斐があるな!」
嵐は益※(二の字点、1-2-22)吹き募り、雨はいよいよ量を増した。所は名に負う九十九里ヶ浜、日本近海での難場であった。四辺は暗く浪は黒く、時々白いものの閃めくのは、砕けた浪の穂頭であった。
「ヨイショヨイショ! ヨイショヨイショ!」
かこどもの呼ぶ掛け声は、益※(二の字点、1-2-22)勇敢に響き渡った。しかし人力には限りがあり、自然の暴力は無限であった。
かこは次第に弱って来た。船がグルグルと廻り出した。
「もういけねえ! もういけねえ!」
悲鳴の声が聞こえて来た。