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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

「お茶をお上がりなさいませ」

「ああお茶かね、これは有難い。旨そうなお茶受けがありますな」

「土地の名物でございますの」

「ふうむ、なるほど、海苔煎餅」

お品はいそいそと茶を注いだ。

豪農というのではなかったが、お品の家は裕福であった。主人夫婦も人柄で、しかもなかなか侠気があり、銚子の五郎蔵とも親しくしていた。銀之丞が頼むと快く、すぐにはなれを貸したばかりか、万事親切に世話をした。ひとつは銀之丞が江戸で名高い、観世宗家の一族として、名流の子弟であるからでもあったが、主人嘉介が風流人で、茶の湯活花の心得などもあり、謡の味なども知っていたからであった。

お品は一人子で十九歳、肉体労働をするところから、体は発達していたが、心持ちはほんのねんねえであった。一見銀之丞が好きになり、兄に仕える妹のように、絶えず銀之丞へつきまとった。

そういう家庭に包まれながら、本職の謡を悠々と、研究するということは、彼にとっては理想的であった。それに彼にはこの土地が、ひどく心に叶っていた。漁師町であり農村であり、且つ港である銚子なる土地は、粗野ではあったが詩的であった。単純の間に複雑があり、「光」