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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

そこで見る物見る物だが、その見る物見る物が、珍しいなあ無理はねえ。うん、精々いうがいい。あッあッあッていうがいい」

こんなことをいいながら、雪解けでぬかる往来を、ノッソリノッソリやって来たのは、甚三の弟の甚内と、その妹のお霜とであった。

ここは両国の盛り場で、興行物もあれば茶屋もあり、武士も通れば町人も通り、そうかと思えばおのぼりさんも通る。色と匂いと音楽と、……雑沓と歓楽との場であって、大概変梃な田舎者でも、ここではたいして目立たなかった。

急にお霜が立ち止まり、じっと一点を見詰め出したので、甚内も連れて立ち止まった。

「どうしたどうした、え、お霜、オヤ何か見ているな。ははあ芝居の看板か」

坂東米八の掛け小屋が、旗や幟で飾られて、素晴らしい景気を呼んでいたが、そこに懸けられた、絵看板に、宿場女郎らしい美女の姿が、極彩色で描かれていた。その顔の辺へお霜の眼が、しっかり食いついて離れない。

「奇態だな、見たような顔だ」

呟きながら甚内も、その絵看板へ見入ったが、思わずポンと膝を叩いた。

「ううん、こいつア油屋お北だ!」

兄甚三を殺害した、富士甚内と油屋お北、そのお北に看板の絵が、そっくりそのままだということは、それら二人を敵と狙う、甚内兄妹の身にとっては、驚くべき発見といわざるを得ない。