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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

しばらく見詰めていた甚内の眼へ、一抹の殺気の漂ったのは、当然なことといわなければならない。「チェ」と彼は舌打ちをした。「看板にゃ罪はねえ。が、お北にゃ怨みがある。幸か不幸か看板の絵が、こうもお北に似ているからにゃ、こいつうっちゃっちゃ置けねえなあ」

彼はあたりを見廻した。人通りは繁かったが、彼ら二人を見ている者はない。木戸に番人は坐っているものの、これまた二人などに注意してはいない。

「イラハイイラハイ、今が初まり、名人地獄、鼓賊伝、イラハイイラハイ、今が初まり!」大声でまねいているばかりであった。

「よし」というと甚内は、右手で懐中をソロソロと探った。そうしてその手がひき抜かれた時には、五寸釘が握られていた。ヤッともエイとも掛け声なしに、肩の辺で手首が閃めいたとたん、物をつん裂く音がした。

「態ア見やがれ」と捨てゼリフ、甚内はお霜の手を曳くと、橋を渡って姿を消した。

いったい何をしたのだろう? 絵看板を見るがいい。宿場女郎の立ち姿の、その右の眼が突き抜かれていた。それも尋常な抜き方ではない。看板を貫いたその余勢で、掛け小屋の板壁を貫いていた。小柄を投げてもこうはいかない。