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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

一人の兄は非業に死し、もう一人の兄は他国へ行き、二、三親類はあるとはいえ、その日ぐらしの貧乏人で、片輪のお霜を引き取って、世話をしようという者はない。で甚三が殺されてからの、お霜の身の上というものは、まことに憐れなものであったが、捨てる神あれば助ける神ありで、油屋本陣の女中頭、剽軽者の例のお杉が、気の毒がって手もとへ引き取り、台所などを手伝わせて、可愛がって養ったので、かつえて死ぬというような、そんな境遇にはいなかったが、さりとて楽しい境遇でもなかった。自分はといえば唖者であった。周囲といえば他人ばかり、泣く日の方が多かった。自然兄弟を恋い慕った。

そこへ甚内が現われたのであった。

お霜の喜びも大きかったが、お杉もホッと安心した。

「おお甚内さん、よう戻られたな。お前さんの兄さんの甚三さんは、お前さんと同じ名の富士甚内に、むごたらしい目に合わされてな、今は石塔になっておられる」

お杉をはじめ近所の人達に、こんな具合に話し出されて、甚内は悲しみと怨みとを、またそこで新たにした。

貧しい二、三の親類や、近所の人達の情によって、営まれたという葬式の様子や、形ばかりの石塔を見聞きするにつれ、故郷の人々の厚情を、感謝せざるを得なかった。