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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
「これから甚内さんどうなさる?」
こう宿の人に訊かれた時、甚内は正直に打ち明けた。
「草を分けても探し出し、敵を討つつもりでございます」
「おおおお、それは勇ましいことだ」宿の人達は驚きながらも、賞讃の辞を惜しまなかった。
追分宿で七日を暮らし、いよいよ江戸へ立つことになった。心づくしの餞別も集まり、宿の人達は数を尽くして、関所前まで見送った。妹お霜を馬に乗せ、甚内自身手綱を曳き、関所越えれば旅の空、その旅へ再び出ることになった。
見れば三筋の噴煙が、浅間山から立っていた。思えば今年の夏のこと、兄甚三に送られて、この曠野まで来た時には、緑が鬱々と茂っていた。その時甚内の乞うに委せ、甚三の唄った追分節は、今も耳に残っていた。しかるに今は冬の最中、草木山川白皚々、見渡す限り雪であった。自然はことごとく色を変えた。しかし再び夏が来れば、また緑は萌え出よう。だが甚三は帰って来ない。遠離茫々幾千載。たとえ千載待ったところで、死者の甦えった例はない。如露また如電これ人生。命ほどはかないものはない。
人は往々こういう場合に、宗教的悟覚に入るものであった。しかし甚内は反対であった。