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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

また平八は駕籠へ乗った。

「日本橋だ、河岸へやれ」

下りたところに廻船問屋、加賀屋というのが立っていた。

「許せよ」

と平八はズイとはいった。

「これはおいでなさいませ。ええ、何か廻船のご用で?」

店の者は揉み手をした。

「いやちょっと主人に逢いたい」

「どんなご用でございましょう?」迂散らしく眼をひそめた。

「逢えば解る、主人にそういえ」

「失礼ながらあなた様は?」

「南町奉行所吟味与力、石本勘十郎と申す者だ」

「へーい」

というと二、三人、奥へバタバタと駈け込んだ。それほどまでに吟味与力は、権勢のあったものである。

「どうぞお通りくださりますよう」

「そうか」というと郡上平八はズイと奥の間へ通って行った。

廻船問屋を歴訪す

茶と莨盆と菓子が出て、それから主人が現われた。

額をピッタリ畳へつけ、

「当家主人、卯三郎、お見知り置かれくだされますよう」

「早速ながら訊くことがある」

「は、は、何事でござりましょうか?」

「今月初旬、七里ヶ浜沖で、そちの持ち船琴平丸、賊難に遭ったということだな。書き上げによって承知致しておる」

「御意の通りにございます」

「で、水夫どもは今おるかな?」