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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
「許せ」
と声だけは武士のイキで、
「俺はな、南町奉行所吟味与力の石本だ、仔細あって犬吠へ行く。ついては八幡丸へ乗せてくれ」
「よろしい段ではございません。ご苦労様に存じます」
淀屋では異議なく承知した。
こうして名探索玻璃窓は、江戸から足を抜いたのであった。
阪東米八と和泉屋次郎吉
ここは両国の芝居小屋、阪東米八の楽屋であった。
午後の陽が窓からさしていた。あけ荷、衣桁、衣裳、鬘、丸型朱塗りの大鏡台、赤を白く抜いた大入り袋、南京繻子の大座布団、ひらいたままの草双紙、こういった物が取り乱されてあったが、女太夫の部屋だけに、ひときわ光景がなまめかしい。
「ねえ、お前さん、ねえ吉っあん、ほんとに気色が悪いじゃないか。妾アつくづく厭になったよ」
燃え立つばかりの緋縮緬、その長襦袢をダラリと引っかけ、その上へ部屋着の丹前を重ね、鏡台の前へだらしなく坐り、胸を開けて乳房を見せ、そこへ大きな牡丹刷毛で、ヤケに白粉を叩きつけているのは、座頭阪東米八であった。年はおおかた二十五、六、膏の乗った年増盛り、大柄で肉付きよく、それでいて姿のぼやけないのは、踊りで体を鍛えたからであろう。