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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

「そっと仕舞って置くことさな。だが全くあの時は、見ていた俺さえ冷汗をかいた」

「今こそ笑って話すけれど、あの時妾は殺されるかと思った」

「だがな、あんな時俺が出たら、騒ぎは大きくなるばかりさ。そこでゆっくり拝見し駕籠が来たので付き添って、茶屋へ行ってからは思う存分、可愛がってやったからいいじゃねえか」

「だがね」と米八は探るように、「どうしてお前さんはあの鼓を、そうまで苦心して欲しがったのだろう?」

「なに、そんなことはどうでもいい」

次郎吉はヒョイと横を向いた。

「妾ア気がかりでならないんだよ」

「ふふん」というと舌なめずりをした。

「そうかと思うと今年の夏中、フイと姿を消したりしてさ」

「旅へ行ったのさ、信州の方へな」

「その旅から帰ったかと思うと、例の鼓を持っているんだもの」

「ナーニ、そいつあ観世さんから、相談ずくで譲って貰ったのさ」

「そりゃあそうだろうとは思うけれど、それから間もなく起こったのが、鼓泥棒の鼓賊なんだもの……」

「ふん、それがどうしたんだい?」

次郎吉はギロリと眼をむいた。

「だから気が気でないんだよ」

その時チョンチョンと二丁が鳴った。

「おやもう幕が開くんだよ。