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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
帆綱の蔭に身をひそめこの有様を眺めていた、玻璃窓の郡上平八が、感嘆の溜息を洩らしたのは、まさに当然なことであろう。
「人間ではない天魔の業だ。それにしてもいったいこの人は、どういう身分のものだろう? 無双の剣客には違いないが、はて、それにしても誰だろう? 当時江戸の剣豪といえば、千葉周作に斎藤弥九郎、桃井春蔵に伊庭親子、老人ながら戸ヶ崎熊太郎、それから島田虎之助、お手直し役の浅利又七郎、だがこれらの人々は、みんな顔を知っている。武州練馬の樋口十郎左衛門、同じく小川の逸見多四郎、それから、それからもう一人! うん、そうだ、あの人だ!」
その時、ボ――ッという竹法螺の音が、賊の親船から鳴り渡った。それが何かの合図と見え、武士を取り巻いていた海賊は、一度に颯と引き退いたが、ピタピタと甲板へ腹這いになった。びっくりしたのは平八で、「はてな、おかしいぞ、どうしたのだろう?」グルリと海の方を振り返って見た。と、賊の親船が、数間の手前まで近寄っていた。そうして船の船首にあたり、一個の人物が突っ立っていた。どうやら海賊の首領らしく、手に一丁の種子ヶ島を捧げ、じっとこっちを狙っていた。