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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

かつていつぞや観世銀之丞が、偶然のことから呼び込まれた、赤格子九郎右衛門の部屋であった。しかしその頃とは異っていた。金銀財宝珍器異類、夥しかったそれらのものが、今は一つも見られない。ガランとした灰色のだだっぴろい部屋が、味も素っ気もなく広がっていた。そうして天井から飾り燈火が、明るい光を投げていた。その光に照されて、一人の女が浮き出ていた。女は床の上に仆れていた。そうして荒縄で縛られていた。口には猿轡が嵌められていた。それは妖艶たる若い女で、他ならぬ九郎右衛門の娘であった。

造酒は意外に驚きながらも、女の側へ走り寄り、縄を解き猿轡を外した。するとお艶は飛び上がったが、扉の側へ飛んで行き、ガッチリ内側から鍵を掛けた。

「態ア見やがれ丑松め!」あたかも凱歌でも上げるように、男のような鋭い声で、こう彼女は叫んだが、そこで初めて造酒を眺め、気高い態度で一礼した。

「お娘ご、お怪我はなかったかな?」

造酒はその美に打たれながら、こういう場合の紋切り型、女の安否を気遣った。

「あぶないところでございました。でも幸い何事も。……あれは丑松と申しまして、父の家来なのでございます。