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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
不思議な商人千三屋
「おお町人か、よく来てくれた。ちょうど無聊に苦しんでいたところだ。さあさあずっと進むがよい」平手造酒は喜んで、歓迎の意を現わした。
「では遠慮なくお邪魔致します」商人はうしろで襖を立て擦り膝をして、はいって来た。四十がらみの小男ではあるが、鋭い眼付き高い鼻、緊張まった薄い唇など、江戸っ子らしい顔立ちで、左の頬に幽かではあるが、切り傷らしいものがつたる。敏捷らしい四肢五体、どこか猟犬を思わせた。藍縦縞の結城紬の、仕立てのよいのをピチリと着け、帯は巾狭の一重博多、水牛の筒に珊瑚の根締め、わに革の煙草入れを腰に差し、微笑を含んで話す様子が、途方もなくいきであった。
こういう場合の通例として身もと調べから話がはずみ、さてそれから商売の方へ、話柄が開展するものである。
「町人、お前は江戸っ子だな」造酒がまずこうきいた。
「へい、江戸っ子の端くれで、へ、へ、へ、へ」と世辞笑いをしたがそれが一向卑しくない。
「いったい何をあきなっているな?」
「へい、呉服商でございます」「女子に喜ばれる商売だな」「その代り殿方にはいけません」「そう両方いい事はない。