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てつがくのげんだいてきいぎ

哲学の現代的意義

戸坂 潤

「唯物論研究 第六〇、六一号」1937(昭和12)年10月、11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,718 字 · 45 页

青空文庫

認識は世界の認識である。思想は世界に就ての思想である。

さてこう云ったものが「思想」である。思想は科学、文学(芸術)、其の他一切の文化、つまり一切の人間的認識を一貫する枢軸なのだ。文学などに単に偶然、一思想性などがあるのではない。文学が認識である限り、夫は思想の形態でなくてはならなかったのだ。思想は諸文化を貫く。之を連結し、交錯交流させ、推し動かし、分解させ再構成させるシャフトである。

処で私は、次のことが云いたくて、之までクドクドと述べて来たのである。それは、この思想なるものに就いての科学、思想の科学が哲学というものだ、ということだ。哲学が現代に於て持つ生きた意義は、専ら夫が思想の科学であるという点にかかる。今日見られるあれや之やの形而上学は、哲学によって処理される一種の文学的労作に他ならないだろう。――或いは、認識というものを、先に云ったように広範に理解すれば、そういう広範な意味に於ける認識論が取りも直さず哲学だということだ。哲学のレーニン的段階と云われるものはその認識論としての自覚に帰すると云っていいのだが、今は認識論という観念を適切に拡大すればよいのである。