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てつがくのげんだいてきいぎ
哲学の現代的意義
戸坂 潤
「唯物論研究 第六〇、六一号」1937(昭和12)年10月、11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,718 字 · 45 页
習俗や制度そのものでもない、習俗や制度の心理的な裏打ちを指す。つまりモラリスト(モンテーニュから始まり、A・ジード? にまで至る処の)の云うモラルのようなものの事だ。そうすれば之がさっき述べた常識と如何に直接関係が深いかは、当然判る。良識や良知としての常識は、モラルと呼ばれてもよかったのだ。処でモラリストの哲学は、露骨に思想の科学という形を採用する代りに云わば思索の試論(エセイ)とでもいうような形態を取って来た。或いは高々評論(エセイ)の形を採った。そこでモラリストの亜流者達は、この歴史的な制約を打破する代りに却ってこの制約を神聖視し、モラルを科学的に処理し得ないということが、モラリストの長所であるかのように、今は往々考えている。之によると思索の試験は思想の科学の彼岸にある聖域ででもあるらしい。処が思索であろうが瞑想であろうが、それとも又反省であろうが、省察であろうが、その思考と思想のメカニズムを追究しないではおかないものが「思想の科学」の謂であった。亜流モラリストもこの要点を如何ともし難いだろう。
日本に於て常識と道徳とが、思想として科学的に処理され始めたのは、殆んど過去十数ヵ年以来と云ってもいい。