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てつがくのげんだいてきいぎ

哲学の現代的意義

戸坂 潤

「唯物論研究 第六〇、六一号」1937(昭和12)年10月、11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,718 字 · 45 页

青空文庫

どっちも文学の思想という折角の課題をメチャクチャにして了う。

だが確かに、思想というものには、独り文学や芸術の場合に限らず、或る種の二重性がある。之をドクトリンと考えることもいけないし、之をただの観念と考えることも間違いだが、そうかと云って全くそのどれでもないと云い放つことは同情の無さすぎる云い方かも知れない。思想には少なくともそのどっちとも取れるような二面がある。それはすでに触れたことだが、之は或る場合、所謂世界観と方法との連関として公式化されているものだ。之を世界観と論理と云い直すことも出来る。世界観は、一応ただの観念のようなものだ。之に反して方法や論理はこのただの観念である世界観を解明し分解し再構成しながら発展させる。その所産でもあり足場でもあるのが、特に理論の場合だと夫がドクトリンや公式となるのだ。

世界観という言葉が併し、時々妙な形に理解されている。例えばマルクス主義的な理論体系、そういう意味でのドクトリンの定式化された一セットのようなものが、所謂世界観だという考えも無くはないのだ。なる程、世界観という日本訳語はマルクス主義と共に輸入されたのだから、そういう惰性的な通念を産んだのも無理ではないが、そういう常識で論議されては、咄が出来ない。