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くちびるそう

唇草

岡本 かの子

「週刊朝日」1937(昭和12)年8月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,002 字 · 14 页

青空文庫

、いった。

「僕寄宿舎を出て、ある先輩の家へ引越すから、伯父さんにはうまくいっといて下さい」

私は従弟の今までの妙な恋愛事件の二三を知ってるものだから、どうやらまたおかしいと疑って訊ねた。

「どんな家なの。どういうわけよ」

すると、従弟は唇をちょっと尖らして、口角を狐のように釣り上げ、モナリザの笑を見せていった。嬢

「可哀そうなんだよ。その家の主婦が、お嬢さん育ちの癖に貧乏して仕舞って、こどもを一人抱えてるんだ。うっちゃっときゃ、まあ母子心中か餓死なんです」

「ご主人は」

「主人は、僕の農芸大学の先輩に当る園芸家なんですが、天才肌でまるで家庭の面倒なんか見ないんです。酒とカーネーションの改良に浸り切っています」

「およしなさい。あなたには重荷の騎士気質なぞ出してさ。そんな家庭へ入り込んで、面倒なことにでもなるといけませんよ」

すると従弟は不服そうな顔をして、その時は別れたが、結局、一週間も経たないうちに、その家へ入り込んでいた。知らせの手紙には、こう書いてあった。

「やっぱり来て仕舞いましたよ。だってあんまり見るに見兼ねるんだもの。伯父さんには自然と知れるまで黙ってて下さい。