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くちびるそう

唇草

岡本 かの子

「週刊朝日」1937(昭和12)年8月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,002 字 · 14 页

青空文庫

今年の夏の草花にカルセオラリヤが流行りそうだ。だいぶ諸方に見え出している。この間花屋で買うとき、試しに和名を訊ねて見たら、

「わたしどもでは唇草といってますね、どうせ出鱈目でしょうが、花の形がよく似てるものですから」

と、店の若者はいった。

青い茎の尖に巾着のように膨らんで、深紅の色の花が括りついている。花は、花屋の若者にそういわれてから、全く人間の唇に見えた。人間の唇が吸うべきものを探し当てず、徒らに空に憧れている。情熱だけが濡れた唇に遺って風が吹いて、苞の花がふらふら揺れるときには一層悩ましそうに見える。そしてこの花はこういってるようである。

「私の憧れを癒やすほどのものは現実にはない」

これは私の従弟の千代重が外遊するまで、始終口癖にいっていた言葉と同じである。ふとこの言葉を千代重が囁いたと思うほど、花は従弟の唇を思い出させた。ふっくりしていて、幼くてしかも濡れ色に燃えている。それはやや頬の高い彼の青白い顔に配合して、病的に美しかった。彼の歯は結核性に皓く、硬いものをばりばり噛むのを好いた。

千代重がまだ日本にいたある年の初夏のころである。この従弟は私の稽古先のハープの師匠の家へ私を訪ねて来て、そこから連れ立って、山の手の葉桜がまばらに混る金目黐垣が、小さい白い花を新芽の間につけている横町を歩きながら